希野正幸のインフォブログ

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トランプ大統領を救世主と仰ぐ集団「QAnon」の脅威的陰謀論

現代ビジネス

 インターネット発の陰謀論が米国で勢いを増し、グーグルやフェイスブックツイッターなどネット上の情報伝達に関わるIT企業が対応に苦慮している。

 なかでも最近、一際懸念を呼んでいるが、巨悪に支配された現代世界でトランプ大統領を救世主と仰ぐ「QAnon(キュー・アノン)」だ。

小児性愛からクーデター、カルト、金正恩まで

 QAnonはもともと「Q Anonimous(匿名人物Q)」の略称。つまり正体不明の重要人物「Q」を情報源とする、一連の政治的な陰謀論がQAnonだ。

 たとえば……

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バラク・オバマ前大統領、ヒラリー・クリントン、あるいはジョージ・ソロスなど民主党系の大物政治家や財界人は秘かに小児性愛者向けの人身売買に加担すると同時に、米国政府を転覆させるクーデターも計画している。

●2016年の大統領選におけるトランプ陣営のロシア共謀疑惑を捜査するモラー特別検察官は、実はトランプ大統領自身が秘密裡に任命したもので、表向きはロシア疑惑の捜査と見せかけて、裏では(前述の)オバマやヒラリーらによる悪事を暴露するための捜査を進めている。

●(民主党系のヨーロッパ財閥)ロスチャイルド家は悪魔的カルト集団のリーダーである。

トム・ハンクススティーブン・スピルバーグら(民主党系の)ハリウッド関係者は小児性愛者である。

金正恩はCIAが北朝鮮に送り込んだ傀儡である。

●このように政財界からハリウッド、国際社会に至るまで、不正と醜聞にまみれた世界を正すためトランプ氏は大統領選に立候補した。これに勝利して大統領となった今、彼は米国をこれら破壊者の魔の手から守るため身を粉にして働いている。
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 ……といった具合。以上がQAnon陰謀論の概要だ。

「Q」とは何者か

 これらの事例では、民主党系の政治家や著名人らが攻撃対象となっているが、時には(普段からトランプ大統領を手厳しく非難している)ジョン・マケイン上院議員など共和党系の人たちがQAnonの標的となることもある。

 その情報源とされるQの正体は「軍・諜報関係の政府高官」という説もあれば、「alternate reality game(代替現実ゲーム)」と呼ばれるサイバー・コミュニティ、果ては「トランプ大統領自身ではないか」との説もある。

 が、実際のところ、上記陰謀論の荒唐無稽さから考えて、これらは恐らくインターネット上で自然発生的に生まれた俗説であり、たった一人の情報源とされるQは実在しない可能性も十分あり得る。

 

ネット掲示板からSNS、新聞・テレビへと伝搬

 QAnonの起源は、2017年10月に米国のインターネット掲示板4chan」で見つかった書き込みとされる。これ以降、「8chan」と呼ばれる別のネット掲示板、さらにはツイッターフェイスブック、(グーグル傘下の)ユーチューブなどへとQAnonは瞬く間に拡散していった。

 しかし、これがテレビや主要紙など大手メディアで取り上げられ、米国社会でメジャーな関心事となったのは、つい最近のことだ。その発端は今年7月31日、トランプ大統領フロリダ州タンパで催した政治集会(演説)とされる。

 この会場に詰めかけた多数のトランプ支持者が、「QAnon」の文字入りTシャツを着ていたり、同じく「QAnon」と書かれたプラカードを掲げて気勢を上げていた。そして、この様子が米国でかなり影響力のある報道テレビ番組、あるいはニューヨーク・タイムズワシントン・ポストなど主要紙で報じられた。

 また、この政治集会から間もなくホワイトハウスで開かれた定例ブリーフィングで、記者の間からサンダース報道官に「あの集会で見られたQAnonと呼ばれる傍流集団(fringe group)の支持を大統領は求めているのですか?」という質問が投げかけられた。

 これに対し報道官は「大統領は政権発足以来、(QAnonのような)潜在的な過激派集団を一貫して非難してきました。我々(トランプ政権)が彼らの支持を求めるようなことは決してありません」と返答した。

大統領までもが陰謀論を煽る事態に

 ところが実際はその正反対で、トランプ大統領はQAnonの支持を求めており、それを仄めかす発言をしていた。

 その鍵となるのが「17」という数字である。QAnonは普段からこの数字を、自分たちの間だけで通じる一種の暗号として使ってきた。17はアルファベットで17番目の文字、つまりQを指しているからだ。

 先日、タンパで開催された集会でも、トランプ大統領は「私は生涯でワシントンを17回訪れたことがあります。17回ですよ、17回」など、17という数字を不自然なまでに連呼した後、会場の群衆に向かって「皆さんは私が何を言いたいか分かりますよね」と意味深に語りかけた。

 要するに最初はネット掲示板のようなアングラ・メディアで秘かに始まったQAnonという陰謀論が、やがてソーシャル・メディアを通じて一挙に拡大し、ふと気が付いたときには主要テレビ局や新聞社が大きく報じるほどメジャーなニュースになってしまった。

 しかも本来、表社会の正式なリーダーとして、この種の怪しげな陰謀論を公に否定せねばならないはずのアメリカ大統領が、今回は自ら先頭に立って、それを煽り立てている。

 これらのことから「今の米国社会は一体、どうなってしまったのか」「こんなことで大丈夫なのか」というのが、QAnonに対して良識あるアメリカ人が共通して抱く懸念や危機感なのだ。

 

責任は大手IT企業にあるのか

 彼らの批判の矛先はまた、こうした事態を招く一因となった大手IT企業にも向けられている。

 既に何年も前から、アップル、グーグル、フェイスブックツイッターなど、言わばネット上の情報プラットフォームを介して、根も葉もないデマや誹謗中傷、さらには陰謀論など悪質な情報が大量に行き交ってきたが、彼らIT企業はこれをほとんど野放しにしてきた。

 ところが2016年の大統領選で、フェイスブックツイッター、ユーチューブなどソーシャル・メディア上の、いわゆるフェイク・ニュースが選挙戦を左右する程、大きな影響力を持つことが明らかになると、IT企業に対する風当たりが急に強くなってきた。このため最近になって漸くIT企業は重い腰を上げ、これら悪質情報の取り締まりに乗り出した。

 今月初めには、アレックス・ジョーンズという右翼系扇動家が1999年に立ち上げた「Infowars」と呼ばれるウエブ・サイト発の情報を、IT企業が部分的に規制し始めた。このInfowarsは、QAnonと同様、暗く奇怪な陰謀論を発信するサイトだ。

 たとえば次のような説等が、その典型だ。

 「(1995年4月の)オクラホマ・シティ連邦政府ビル爆破事件や(2001年9月11日の)同時多発テロは米国政府が仕組んだ事件だ」

 「民主党は世界的な小児性愛サークルを運営している」

 比較的最近では、

 「(2012年12月の)コネティカット州サンディフック小学校における銃乱射事件は実際には起きていなかった」

 この種の情報は大半のアメリカ人にとって明らかにデマ、あるいは悪質なジョークに過ぎない。だが、それでも3億人以上の人口を抱える米国では、これら偽情報を本気で信じる人が数百万人に達すると見られている。

現実世界の脅威にも

 ジョーンズ氏は自身が運営するInfowarsサイトに加え、フェイスブックやユーチューブ、ツイッター、さらにはアップルのポッドキャストなど、あらゆる情報伝達ルートをフル活用して、自らの陰謀論を広めようとしてきた。

 なかでも影響力の大きいフェイスブック上に同氏が設けたページには、170万人ものフォロワーがついた。

 問題はこれらが単にインターネット、つまりサイバー空間内のトレンドにとどまらず、現実世界の脅威にもなり得ることだ。

 たとえば2013年4月に起きたボストン・マラソン爆弾テロ事件の犯人は、Infowarsが発信する陰謀論の影響を強く受けていたと言われる。

 こうした事から見て、大手IT企業がネット上の悪質情報を取り締まるのは当然とも思えるが、これに対する彼らの姿勢は不十分であると世論の批判を受けている。

 

規制基準は曖昧なまま

 今月初旬、大手IT企業は一斉にジョーンズ氏(Infowars)が発信する情報を規制し始めた。しかし、それは部分的であると同時に、規制する際の基準が曖昧、かつ各社でマチマチとなっている。

 まずフェイスブックジョーンズ氏が設けた4種類の悪質ページを削除したが、同氏個人のページとアカウントはそのまま残したため、ここを経由してInfowarsサイト発の情報が閲覧できる状態になっている。

 グーグルはInfowarsが作成した「イスラムトランスジェンダーの人たちへの憎しみを煽る動画」など一部コンテンツをユーチューブから削除したが、全ての動画を削除したわけではない。

 アップルはInfowarsが提供する6種類のコンテンツのうち、5種類をポッドキャストから削除したが、残り1種類は残した。またアップストアから提供されるInfowarsアプリも削除せず、そのまま残した。

 ツイッターは今のところInforwarsの情報を削除することは一切せず、これを一旦、画面から隠した上で、それでもクリックして見ようとしたユーザーに対し、一種の警告を出すにとどめている。

事実確認は報道機関の仕事か

 各社とも、児童ポルノやテロ、ナチズムなど誰の目にも明らかな悪質・危険情報を禁止する点では共通しているが、陰謀論フェイク・ニュースなどは「言論の自由」という原則に照らして、一概に禁止することができない。

 なかでもツイッターは「言論の自由」を優先する方向に重きを置いている。同社の規定では、暴力や憎しみを直接煽るツイートは削除することになっているが、InfowarsやQAnonなどの陰謀論、あるいはフェイクニュースのような偽情報は容認している。

 それらが偽情報であるか否かの事実確認をするのは「我々ではなく、ジャーナリスト(報道機関)の役割である」というのが同社CEOジャック・ドーシー氏の見解だ。

 が、これに対しては「余りにも無責任ではないか」と、大学のメディア研究者や報道関係者らから強い批判が浴びせられている。

 

IT企業の力不足

 程度の違いこそあれ、大手IT各社が悪質情報や偽情報を完全に取り締まることができないのは、量的・技術的な問題も影響している。

 たとえInfowarsやQAnon発の情報を部分的に禁止したところで、これと同様の陰謀論を発信するサイトは無数に存在し、今も増え続けている。また、これらサイトの支援者・共鳴者らが恐らく数百万人という規模で存在するので、彼らを経由して拡散する膨大な情報全てを規制の網にかけることは不可能だ。

 また規制すればするほど、かえって、こうした怪しげなコンテンツへの関心が高まり利用者が増すという皮肉な面もある。アップルがInfowarsのコンテンツをポッドキャストから削除した直後、逆にアップストアから配信される同アプリのダウンロード回数が跳ね上がり、第4位にランクインしたという。

 さらに、これら大量の悪質情報を規制する上で必須となる、AI(人工知能)の技術的な限界もある。

 いわゆるディープラーニングに代表される先端AIは、たとえば児童ポルノや暴力・流血写真のようなイメージ・データを認識して取り締まるための性能は今世紀に入って飛躍的にアップした。が、他方で陰謀論フェイクニュースと、それらをむしろ批判の対象として取り上げた意見・論評などを正しく識別できるほど、高度な言語処理能力を備えるには至っていない。

様々な要因が作用して、インターネット上における悪質情報の排除は困難を極めている。InforwarsやQAnonのような陰謀論が急速に広がる背景には、ネット上を流れる情報で儲けることは得意だが、それに伴う責任を背負いきれない大手IT企業の力不足があると見ることもできるだろう。

小林 雅一