美しい池 ~NWO後の世界~
時は未来、2045年3月18日の早朝にタイムスリップします。
祥平は久しぶりに家の近くの池に散歩に出た。
朝早くこの池のほとりを、何をするわけでもなくブラブラ歩くのが、祥平の大のお気に入りの散歩コースだった。
池は標高が高いせいもあってか底が見えるくらいに水が澄んでいる。
うっすらと朝もやが立ち込めるなか、澄んだ水面にきらきらと朝日が反射して、この世のものとは思えない美しさだ。
早春の張り詰めた冷たい空気が、心の夾雑物を全て取り払ってくれるかのように、池面をなでて吹いている風が運ぶさわやかな空気を、祥平は肺いっぱいに吸い込んだ。
ちょうど朝日が昇る時間にここにくると、ハスの花が咲くのが見られる。
ハスの花は泥田に咲くとよく言われるが、澄んだ池に咲くハスの花もまた格別な美しさで、これもお気に入りのひとつだった。
祥平にとってはここにいるこの瞬間こそ、「生きていて良かった」と心から思える唯一の時間だった。
時がたつのを忘れて見ほれていたのか、腕時計のアラームが鳴ってわれに返った。
「いけない、もう時間だ。そろそろ家に帰らなければ」
腕時計といっても多目的デバイスになっているスマートウォッチで、祥平はそのボタンのひとつを押した。
押した瞬間、無味乾燥な自宅のVRチェアに座っている自分に戻った。
「ああ、今月はこれでVRチケットを全部使いきったから、散歩も来月までお預けか」
とひどく落胆する祥平であった。
世界は2020年9月に核兵器を使用した大戦が起きた後に疫病が流行した結果、NWOが開始され、1/10に減った人口のほとんどが隔離ドームで暮らしていた。
ドームと言ってもひとつの町が丸ごと入る大規模なもので、空気清浄機によって大戦後の放射能の影響から逃れることができるようになっていた。
しかし人口が減ったとはいえ、限られた空間を有効利用しなくてはいけないので、ドームの中に自然などは全くなく、高層住宅とオフィスがぎっしりと立ち並んでいた。
その結果、VRで自然を堪能するのがこの時代の人々のひとつの大きな楽しみになっていて、祥平もその例にもれずVRで散歩をしていたというわけである。
しかし、NWO政府の管理体制は厳格で、人々がVRにふけって仕事をしなくなるのを防止するために、配給制のチケットで許可された時間しかVRを利用できないようになっていた。
だから祥平はがっかりしたのである。そして
「ああ、もう生きていても何の楽しみもないなあ、自殺でもするか」
などとぶっそうな独り言を言うのであった。
「いやまてよ、そういえば自殺チケットを買う金もないんだった」
医療が極めて発達しているため、許可なく自殺を試みた人間は罰則として、クローンに意識を移すことにって完全に蘇生されてしまう。だから希望者は高額の自殺チケットを購入しなくてはいけない制度になっていたのだった。
「自殺もしばらくお預けか。しょうがない、会社でも行くか」
と、踏んだり蹴ったりで気を取り直すしかない祥平なのであった。
ここまで---------------------
今日はアラートがなかったのでヒマつぶしに(笑)、世にも不思議な物語風のショートショートを書いてみました。
ご精読ありがとうございました。